人間内メーカー

大瀧詠一

大瀧詠一

うちの奥さんの実家へ電車で行く。
街中100円循環バスに乗り、駅へ。
乗り遅れたので、駅ビルの本屋で時間をつぶす。

手に取ったのは、Quick Japan と言うムック。
大瀧詠一サンボマスター山口の対談が。
自分の中の大瀧詠一はナイアガラのアルバムジャケットにしかいなかったが、ページをめくるとそこに今の大瀧詠一がいた。

うーん。なんかうそくさい歳のとりかたである。なにがうそくさいと言われるとちょっと困るが、違和感がある。
何年か前テレビでウディアレンのインタビューを見た時の感覚とちょっとかぶる感じだ。

して、中身であるが、この対談が笑えた。
ほほえましく笑えた。

立ち読みにつき序盤しかつまんでいないが、
まるで大瀧詠一の初期ナイアガラアルバムの作法のような、
そんな対談だ。

つまり、こういうこと。
皮肉っぽく相手を解体していく。
そんな感じであった。

家庭環境、親の話、故郷の話、音楽体験の話etc
大瀧詠一からサンボ山口への質問に対して、
じぶんでもなんとなく答えを考えていた。
音楽作る人ではないので、もうちょっと範囲をひろげて。
ちいさい頃からのいろいろな体験を思い出してみると、
忘れていた結構強い体験が、今の自分を形成しているのかもしれないなあと思う。

しかしだ。このデジタルな世の中。
いまのこどもは小学生ぐらいからブログやったりしてるらしい。
もしそのまま何十年と継続していれば、
「はてぶ」で生成されるタグクラウド
あるいは、iGoogleの検索履歴のデータベース。
そんなものが、そのままリアルなその人の系譜になってしまうこともありえるか。

脳内メーカーならぬ人間内メーカーみたいな。

などと言ったコトを考えながら過ごした電車の中でした。